『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』芹沢はゴジラの枷だったか?

『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』の人類。

今回は同作の狂人(?)代表二名について解説。

エマの異常性と芹沢の負った役割に迫る。

芹沢はハリウッド版ゴジラの見届け人であり

「日本から卒業」する彼を見送った存在か?

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人類

自然派サイコお母さん

ゴジラは友達芹沢博士があまりに強力すぎて

他が霞むのが最高に面白い。

というわけでこの二名の狂人に注目して

語っていきたいと思います。

エマ・ラッセル(ヴェラ・ファーミガ)

前作の怪獣災害で息子を失った

モナーク所属の優秀な人物で

『オルカ』という、怪獣の生体音を解析し

支配、操作する特殊な音響装置を完成させた。

息子を失った事がきっかけだったのか

危険思想に傾倒した作中屈指の狂人

彼女の目覚めた思想を要約すると、

地球の病原菌である人類を自然の

バランサーである怪獣を操作して間引き、

より良い自然環境(世界)を実現させる

というもの。作中で「イカれてる」

評されていましたが真実、狂人である。

シー〇ェパードと過激なヴィー〇ンを

悪魔合体させて煮込んだような人物。

「ごめんね」じゃないんだよなあ……。

映画『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』予告より画像引用

© 2019 Legendary and Warner Bros. Pictures. All Rights Reserved.

自分の思想を実現させるため、同様の

志をもつ傭兵部隊とコンタクトを取り、

モナークを裏切る。その結果が

怪獣による世界規模の大破壊であり、

作中でおきた悲劇大半の元凶ともいえる。

大義の為には多少の犠牲も仕方ないと

考えているため、元夫のマークに南極で

再会した際、最初こそ「逃げて」と

声はかけたものの、彼がギドラに襲われて

命の危機に瀕していても

助けようとはしなかった。

一方で娘に対しての愛情は本物。

だからこそやっていることはどう考えても

非人間性の極みなのに、対極的な

優しい母親のペルソナを保てており、

マディソンに詰め寄ったジョナに

「娘は関係ない!」(吹き替え版)と

反発したり(巻き込んだのはお前だろと

最もな反論をくらったが)、

自分の身を顧みず単身で怪獣が集う戦場へ

マディソンを助けに向かった。

最終的にはゴジラと娘たちが避難する時間を

稼ぐため、オルカを使用しギドラを引きつけ、

ゴジラとの戦闘の余波で命を落とす。

最終的には家族を(というか娘を)、

護るために自ら犠牲になった為、

なんとなく「改心した」「良い人だった」

風の雰囲気が流れていますが

「娘だけは守る」と劇中で彼女が言ったように

おそらくエマ自身の中で劇的な変化はない。

最期まで人類は地球の病原菌だと

考えているだろうし、怪獣によって

汚染から地球を再生させるにあたり、怪獣の

被害に遭う人間が出てくるのもやむなし、

という思想にぶれはないだろう。犠牲には

最初から己の娘は数えられていないだけで。

彼女は徹頭徹尾、ウルトラ自己中の

怪獣狂信者自然派お母さんでした。

ゴジラ映画にはつきものの狂人でしたが

歴代でもトップレベルのキャラクターで

個人的にはかなりお気に入りです。

上にゴジラとギドラの戦闘で命を落とす、

と書きましたが決定的場面は描かれていないので

ワンチャン、X星人的なナニカに拾われて

続編にも登場とか……ないか!

芹沢猪四郎博士(渡辺謙)

前作から続投。生物科学者にして

モナークの指揮官的立ち位置に居る人物。

前作では思わせぶりなセリフを呟いて

顔芸するだけのリアクション芸人でしたが

今作では上記にあるように、前作から

一気にSF色の増した謎組織、モナークを

率いる立場であったり、ゴジラ復活の

礎となったりで前作より扱いは良い。

また、ムートーとゴジラの戦いとその被害を

目の当たりにしていながら

「良好な関係を築ける怪獣もいるはず」

と考えているなど、かなりの夢想家にして

エマらと比較して光の怪獣信者(本当か?)

「ゴジラをペットにでもする気か?」という言に対しての返答。これはキメてますね。

映画『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』予告3より画像引用

© 2019 Legendary and Warner Bros. Pictures. All Rights Reserved.

さて、しかし今回の芹沢の扱いに関しては

人によって感想が大きく異なるでしょう。

長年ゴジラを追ってきたゴジラ信者の割には

動物学者のマークのほうがゴジラの生態に

いち早く気づく場面があったり、

『芹沢博士』であるなら切っても切り離せない

『オキシジェン・デストロイヤー』を米軍が

開発した新兵器として役割を取られたり、

原爆2世でありながら核の力でもってゴジラに

力を与えて散っていく最期だったり……。

核はあくまで放射能を糧とするゴジラへ

力を与えるためのアイテムでしかないけど

しかし紛れもない核をポジティブな意味合いで

しかも原爆2世に持っていかせて実質的な

自決をさせる、というのは

中々どうして無邪気な残酷さ

もっと言えば、ゴジラを憎んでいるマークに

芹沢が言う、

※「傷を癒すには傷をつけた悪魔と和睦するしかない」

(※吹き替えでは悪魔を許すしかない)

というセリフも彼の背景を考えれば

結構ショッキングだ。

怪獣と人類との共生が今作のテーマでもあり、

人種差別が日本より遥かに現実的問題である国で

他者を、憎むべき相手であっても受け入れる

という理念を説くのは自然ではある。

自然ではあるけど

よりにもよってアメリカが

今シリーズの芹沢に言わせるのか?

……という想いは個人的にないではない。

ただ、誤解してほしくないのが

だからこの映画は良くないだとか

この描写が気に入らない、無くすべき!

なんてことを言いたいわけでは無い事。

この映画は怪獣好きのオタクが

自分の❝好き❞を全力でぶつけた作品で

一応小難しそうなテーマこそあれ、

本質的には大衆娯楽作品なのだから。

そしてこの場合の❝大衆❞は

日本の人々だけでなく

世界中の国々にいる様々な人たち

日本人向けの、基本的に日本国内だけで

放映する映画では決してないから、

最大公約数に合わせた作風になるのも当然。

そもそも核に対しての捉え方からして

日本とそれ以外の国では全く違う。

なので上記のような文句はつけましたが

その描写が悪い物だったとは思いません。

しかし、日本人という立場から見た場合

複雑に想う所もある、という事でした。

ちなみに、ドハディ監督はインタビューにおいて

「ゴジラは神なのだから、初代の作中で

芹沢がゴジラを滅したのは失敗」

認識している旨を語っています。

だからこそ、今作でオキシジェンを

くらい、一時生命活動を停止したゴジラへ

核をもって赴き、芹沢が劇中初めてゴジラに

生身で触れる行為は殆ど謝罪だった、と。

であるなら人間とゴジラはお互いに

傷をつけた悪魔であってそれと和睦する行為が

核の献上であり、初代の因果を背負う芹沢の

役目だったと読むのが制作側の主に

意図したものなのでしょう。

ゴジラは『怪獣王』なのでそういう意味でも

“献上”とは言い得て妙である。

とはいえ、一方で上で指摘したような

側面があることも事実であり、だからこそ

一連の展開は無邪気な残酷さ

言えてしまうなと思いました。

まあ、いろいろ言いましたが……

芹沢のゴジラ救出に赴く一連の描写は

「ゴジラは日本の物」

という一種の枷から解き放たれ、

真にハリウッドのゴジラとして今作が、

あるいは今シリーズが成立する為の

儀式でもあったのかもしれません。

芹沢は出発前、自身のメモをマークに託し、

チェン博士らに別れを告げますが

この場合芹沢は日本の象徴であり、その彼が

ゴジラや怪獣に関する情報をまとめた己のメモを

マークに託して去る、という構図から

日本(芹沢)からアメリカ(マーク)に

ゴジラが引き継がれる、という意味を

読み解くことも可能かなと。

以上の視点で前作の立ち位置を振り返れば

物語に殆ど介入しなかった彼はいわば

まだ生まれたばかりで未熟な

新ハリウッド版ゴジラの見届け人であり

今作では完成したそれを見送るゴジラの親

出身国としての日本を見ることもできる。

若干の寂しさを感じますが

ハリウッド版ゴジラが今後さらなる発展をし、

世界に羽ばたくには必要な禊だったとも言えます。

しかし、これで全ての日本要素が

消えたわけでは無く、一応続編となる

『ゴジラVSコング』には

あの小栗旬さんが出演されます。

芹沢の消失によって日本からのある種、

卒業はすませたが、だからといって

関係を断ち切ったわけでは無い

芹沢の意思は若い世代に受け継がれた。

小栗さんがどのような役割を次作で

請け負うことになるのか今から楽しみです。

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